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僕は人形だった。いや、ロボットだったのかも知れないし、人間だったのかも知れない。自分が何者かもわからなかったし、知る気もなかった。僕にとっては何もかもがどうでもいい事だった。
そこには年齢も背格好も、僕と同じくらいの子供がたくさんいた。仕立てのいい白いシャツと薄い水色のベスト、紺色の七分丈のパンツがそこでの決められた服装だった。襟元や袖口をくずして着ていた者も何人かいたが、ほとんどの者はただ決められたようにその服を着ているだけだった。着せられているだけだった。誰もが皆、僕と同じように自分にも他人にも興味がなかったのだ。
僕たちは何のためにそこにいるのか分からなかった。そこは部屋の中のようにも見えたし、屋外にも見えた。ただ見上げると、白い空と、僕たちを囲むように白い大きい円い柱が所々に見えるだけだった。あの柱は、どこか遠い国の神話の中に出てくる物のようだ。
中には仲間を作っておしゃべりをしている者もいた。何かのゲームを作って遊んでいる者もいた。ゲームと言ってもそこには何もないのだから、自分たちで想像するしかない。絶えずそこには子供達の声が聞こえたが、誰一人騒ぐ者はいなかった。静かな波がたゆたうような音しか聞こえてこない。僕はいつも一人で、子供達の黒い頭の間から白い空と白い柱を眺めていた。他に見るものもなかったし、遊びたいとも思わなかった。大多数の子供が僕と同じように一人で上や下を眺めているだけだった。
僕たちはずっとそこでそんな風に過ごしていたが、その後どうなるかは知っていた。時々一人二人の大人がやってきては、僕たちの中から何人かを連れて行った。何かの順番で決められているのか、それともランダムに決めているのかはわからない。選ばれて連れて行かれた子供達は、素直に大人に従っていく。誰もそれを止めようともしないし、もちろん悲しむ者もいなかった。そういうものだったからだ。
ある時僕の順番が着た。僕も先の子供達と同様に、大人について行った。少し狭い白い部屋に、ちょうど二人の人間が座れるくらいの出っ張りが椅子のように壁から突きだしていた。大人は僕をそこに座らせ、そして自分も隣に腰掛けた。少し話をした後、銀色の紙に包まれた3つのお菓子を僕と彼の間に並べた。僕がそれを食べるのだ。一つ一つ違う物で、それぞれを食べてもただのお菓子だが、順番通りに3つを食べると毒になる。僕はそれを食べて死ぬ事になっている。生きる事も死ぬ事も僕には興味がなかった。あえてそれを拒む理由もなかった。
銀色の包みを開けて一つ目のお菓子を口に運ぶ。味はよく分からない。二つ目も口に運ぶ。今のところ体には何の変化もない。大人はじっと僕を見ている。無表情にも見えたが、僕が三つ目のお菓子を手にしたとき、一瞬薄気味悪い笑みを浮かべたのが分かった。そうか、僕は死ぬんだなと改めて思った。でも別に嫌な気はしなかった。
僕が三つ目のお菓子をかじろうとした瞬間、僕の手からお菓子が投げ出された。何が起こったのか分からなかった。手にしていたはずのお菓子は床に転がっている。誰かが僕の手からお菓子をたたき落としたのだ。大人を見ると、僕の方は見ていない。いつの間にか僕の右隣に立っていた少年をじっと見ている。この少年が、僕の手からお菓子をたたき落としたのだ。大人は無表情だが、困惑しているようだった。僕には何が起こっているのか分からなかった。少年は強い瞳で大人を睨みつけると、今度はさっと僕の方に向き直った。少年は僕に少し怒ったような顔をした後、今度はにやっと笑った。
「行こう」
少年はそう言うと、僕の手を強く引いて駆けだした。振り返ると、大人は困惑したようにその場に立ちつくしていた。少年の手から流れる体温は熱かった。僕の心臓はそれまで聞いた事のないような激しい鼓動を打っていた。
僕はしばらくの間、大人が僕を捜しに来ないかビクビクして過ごしていた。でもあれ以来僕たちのいる部屋では何の動きもない。子供達もいつも通りだ。大人もまた、定期的に子供達を選び出しては連れて行くだけだった。
僕はあれ以来、その少年と一緒にいた。その少年は数人とグループを作っていた。彼はそのグループのリーダー的な存在だった。もちろん、僕はその少年もそのグループの誰をも知らなかった。なぜその少年がそんな事をしたのか、僕にはよくわからなかった。どうして彼は僕のお菓子をたたき落としたのだろうか。
「どうして?」
何となくその少年に聞いてみた。すごく知りたかったわけではない。ただ彼の行動が今まで僕が見た事のない程不思議だったからだ。その少年は少し驚いて、またあの時のようににやっと笑うと僕にこう言った。
「ぼくに似ていたからさ」
僕が少年に似ている?
「ぼくの名前は琥珀。そして君の名前はアンバーだ」
少年はニコニコしながらそう言った。名前。名前なんてここには必要のないものだった。名前を呼び合う必要がなかったから。
「君が琥珀? 僕がアンバー? 僕にも名前があるの?」
「そうだよ。ぼくが今君につけた。君と僕とは同じものだよ」
不思議な子。琥珀は僕に“アンバー”と名前を付けてくれた。
僕は琥珀に手を引かれて以来、自分の体温や鼓動を感じるようになっていた。何だか不思議な感じ。今までこんな事感じた事はなかった。何だか自分が生きているような気がする。
今まで気づかなかったが、彼が率いるグループはここでは何となく異質な存在だった。ここにいる子供達は、皆生きているのか死んでいるのか分からない目をしている。でも彼らはなぜか強い目をしているし、生命力を感じる。何だか彼らがいるここだけ熱を感じるのだ。僕は初めて自分に、自分以外の人間に興味を持った。
彼らはいつも色々な事を話していた。笑っていた。自分たちの事、子供達の事、大人の事、この世界の事。答えが出るわけではなかったが、前に進んでいる気がした。僕はほとんど人と話した事がなかったから会話にはちゃんと参加できなかったが、でもその話を聞いているだけで良かった。おもしろかった。楽しいと思った。僕はだんだん笑えるようになっていた。
しばらくそんな風に時が過ぎたある日、僕はまた大人に選ばれた。琥珀も仲間も、一言も何も言わず、じっと僕を見ていただけだった。僕は以前と同じように素直に大人の後ろに従って歩いた。
またあの部屋に通された。同じように壁から出ている出っ張りに腰掛けさせられ、またあのお菓子を差し出された。目の前に並べられた3つのお菓子を眺めていたら、僕は急に怖くなってきた。これを食べたら僕は死んでしまうのだ。怖い。僕は死にたくない。だって僕は今生きている。僕はあの時から、自分が生きている事に気づいてしまったんだ。今の僕にとって、生きる事と死ぬ事は同じではなくなった。死にたくない。それでも僕はこれを食べなくてはならない。
迷っている僕を見て大人は怪訝そうにしていたが、やがて待ちきれなくなったのか、僕の手のひらに無理矢理一つ目のお菓子を載せた。何という嫌悪感だろうか。死にたくない。僕は夢中で残りの二つのお菓子も手にとって、それらを床に叩きつけた。驚いて立ち上がった大人を、僕は勢いよく突き飛ばしてその部屋から駆けだした。無我夢中で走ってきた僕を見て、普段は他人に興味を持たない子供達も皆びっくりしてこちらを見た。僕はそんな事には構わず琥珀を捜した。子供達の中をかき分け、やっと彼を見つけた。彼はいつも通り仲間と楽しそうに話をしていた。
僕は訳も分からず、彼の腰に抱きついていた。彼は少しだけびっくりして、そして今まで見た事がないくらい優しい笑顔を僕に見せてくれた。頭を優しくなでられながら、僕の目からはいつの間にか熱いものが次から次にあふれていた。僕は必死に彼に言った。
「僕は死にたくないんだ」
彼は優しい笑顔のまま僕に言った。
「知ってるよ」
僕はとてもうれしかった。うれしくて彼に抱きついたままずっと泣いた。静かな部屋で、僕の泣き声だけがこだましていた。
僕は生きる事を選んだ。
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