「あ、牡丹桜」
彼女が指さす方向には、こんもりとした濃いピンク色の花が咲いていた。桜だろうか。今はほとんどの桜がきれいに散ってしまった緑の萌える時期だ。
「ぼたん桜?」
確かにぼたぼたと鈴なりに花を付けている。そういえば八重桜はちょうど今の時期に花を付けると聞いた事がある。きっとあれは八重桜だろう。
「そう。ぼたん桜」
「八重桜だよね?牡丹桜とも言うの?」
「知らない」
「え?」
「牡丹雪みたいにぼたぼたした花だから、わたしはそう呼んでるの」
なるほど確かに牡丹のようだ。後日その花を調べてみると、ちゃんと別名で“牡丹桜”の名前が付いていた。キリは相変わらず、感覚的だが的確な表現をする。
「じゃあ、あれは?」
僕が指さす方向には、真っ白な花が咲いている。花も木も桜にそっくりだ。
「白い桜ね」
僕が見る限り、おそらくあれは姫林檎の木だ。
「きっと、あの桜の下には死体がないのね」
キリは自分で言って自分で納得している。
「死体?」
「そうだよ。桜の下には死体があるんだもの。桜の花は、その血を吸い上げてピンク色に染まるんだから。あの桜の下には、死体がないから白いままなのよ」
キリは時々突拍子もない事を言う。
「桜の下が死体ばかりなら、日本中が死体だらけになっちゃうよ」
「うーん。それは嫌だなあ」
真剣に困っているキリがおもしろい。
「白い桜もいいもんだね」
「うん。すてき」
「キリならこの花にどんな別名をつける?」
「うーん」
真剣に悩んだ末、キリは自信満々に名前を付けた。
「“初恋”!」
僕はその感覚的な的確さに、声をあげて笑った。
「青春だね」
「青春よ」
白い小さな花びらが、ヒラヒラと舞う。遅咲きの桜達に、僕達は酔いしれる。
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