雨はふらない


今日も雨は降らない。

私は幼い頃港町に住んでいた。港といっても小さな船が7、8艘も並べばいっぱいになってしまうような、こじんまりした港だ。それでもその土地の人たちはその港と海を行き来しながら、その日町で売る分と自分達が食べる分だけ漁をし、細々と生計を立てていた。そこにはいわゆるそういう土地に特有な空気があった。土地の者はほとんどが親戚同士か、何らかの関係があった。
私の母はその小さな港町の生まれで、ある時そこの小学校に赴任してきた父と知り合い、恋をし、結婚したのだそうだ。当初母の家族や親戚はその結婚に反対した。男に生まれたら家を継ぎ、女に生まれたら家を継ぐ男と結婚するのが、暗黙の決まりごとであり慣わしであったからだ。いろいろ騒動があったが、結局父が教師を辞め、母の家を継いで漁師になることで決着がついた。
私はそこで生まれたが、あまりその土地は好きではなかった。それは絶えず吹く潮風のせいなのか、魚を運ぶ車も、電燈も、船をつなぐビットも、勇ましく旗をたたえた船さえも、茶色く錆びついていた。だから港近くはいつも潮と魚と錆びの匂いが、浄化することなく澱んでいた。肌にまとわりつくその湿った風は、幼いながらも私には堪えがたいものがあった。
それでも私の唯一の救いは父の存在だった。父は外から来た人間だったためか、家を継いだあともその土地に馴染めずにいたようだった。私と父は一種の疎外感を感じていたのだと思う。私は父と遊んだり話をするのが好きだった。たぶん父もそうだったのだのだろう。幼い頃の記憶では、私を見る時の父はいつも笑っていた。でも時々ひとりで空を見ては悲しげな表情を浮かべていた。雲を見ていたのか、鳥を見ていたのか、その頃の私にはよくわからなかった。
月に何回かの休みの他に、父の漁が休みになることがあった。雨が降ったときだ。時化になると漁ができない。生活をしているので休みになるのは大変なことなのだが、まだ幼い私には理解できないことであったし、それよりも父が家に居るという事の方がうれしかった。だから私はいつもこっそりテルテル坊主を下手くそながら自分で作って、逆さまにして吊るして雨が降るのを心待ちにしていた。雨が降るように空にお祈りもした。嵐になると格別にうれしかった。そんな時は父がずっと家に居たからだ。

私が少し物心ついた頃、私達家族三人はその土地を離れて建物だらけの都会に移り住んだ。父の一存だった。父が元いた大学から誘いが来たのだ。父は元々は数学者だったが、自分の中の壁にぶつかり大学を後にし、教諭の道に進んでいた。そんな時出会ったのが母だった。一度は自分から捨てた数学の世界だったが、恩師からの再三の復帰要請と、自分の中でずっと抑えていたこの土地の嫌悪感からか、父は親族を説得し、半ば強引にそこを離れた。父は当初母と私を置いていくつもりだったらしいが、母が父と離れる事を頑なに拒んだため一家そろっての引越しとなった。
新しい土地は決して空気がいい所とは言えなかったが、私の嫌いなあの海の匂いも届かなかったので少しほっとした。そして小さな家で三人の生活が始まった。

私が小学校に入る頃、父はあまり家に帰ってこなくなった。その頃から、父と母は私に隠れて何か口論しているようだった。家には母と二人でいることが多くなった。母は私にやさしかったが、時々ひどく怒るときがあって、体を打たれることもあった。でも父が家に居るときの母はとても機嫌がよく、いつもさびしかった家には笑い声が生まれた。でもそんな楽しい日は続かなかった。父が帰る日が以前にも増して少なくなっていった。仕事が忙しいのだと母は言った。父が仕事に出かける朝、玄関先で私は何となく聞いた。
「パパ、おしごといそがしいの?」
「・・・うん。ごめんなあまり遊べなくて」
父は複雑な顔をしてそう言った。私はその時思いついた。
「雨がたくさんふればおうちにかえってくる?」
「キリ・・・」
私は一生懸命背伸びをして父に耳うちをした。
「あのね、ママにないしょでいっぱいテルテルボウズさかさまにしておくね。ママに見つかるとおこられちゃうから」
「キリ・・ごめん、ごめんな・・・」
父は声にならない声で何度もそうつぶやいて、私をなぜかぎゅっと抱きしめた。
「パパ、だいじょうぶだよ。キリかんばるから、雨ふるよ」
結局父を見送ったのはそれが最後だった。母はその時玄関には出ず、リビングのイスの上でずっと静かに泣いていた。
その後何日かして雨が降ったが、父は帰ってこなかった。その次もその次も雨がいくら降っても父は帰ってこなかった。私はきっと嵐にならないと帰ってこれないのだろうと思い、前より一生懸命テルテル坊主を作り、空に祈った。そして願いどおり嵐が来た。でも父は帰ってこなかった。その頃すでに父は漁師を辞めていたのだから、雨が降ろうと晴れようと仕事には関係なかったのだが、小さかった私はそんなことは気づかなかった。仕事というのは雨が降ると休みになるものだと思っていた。母は怒る回数が増え、私の体にも痣が増えていった。
だんだんと私は気づいた。父は雨が降ろうが嵐が来ようが帰ってこないのだ。私はテルテル坊主を作るのをやめた。そうして母と二人の生活が始まった。母は怒るとすぐ私の体を打ったが、それは仕方ないことだと思った。母は父がいなくなってさびしいのだ。なぜなら私を打ったあと、私に謝りやさしくしてくれるから。
それでも雨が降ればいつか父が帰ってくる気がして、私は父がいなくなった日からも空に願うのをやめなかった。もう願いは叶わないとは知ってるけれど、雨が降れば何かいいことがあるような気がして私は今日も雨が降るようにお祈りをする。

今日も雨は降らない。